標語とスローガン

安全スピーチについて

安全にもいろいろありますが、一般に安全スピーチと言えば、建設業などでの安全朝礼と安全唱和のことを指しています。交通安全は身近な安全意識ですが、こちらは交通安全スピーチと呼びます。安全スピーチに職場の人間関係に関する労働安全衛生を取り上げてくれるところは、企業の現場ではまずありませんが、これが一番重要だと思っています。

安全スピーチの内容(コンテンツ)を考えるとそれは、安全を脅かす事故や災害への心構えと予防・防災への対処、次に安全が損なわれてしまった時の心構えと対応ということになるでしょうか。

建設現場や工場での安全スピーチ

建設業の工事現場や工場などで安全朝礼の際に行われる安全スピーチは、入念な計画の下で行われる建設・建築作業や製造作業に臨むにあたって、現場の一人一人に絶対無事故の喚起を呼びかけるものです。しかしながら、もし、建設計画の中に無理や危険が潜んでいて、これが行使されてしまったならばどうでしょう。個人レベルの安全努力は水泡に帰することになります。

権力者による人災と安全スピーチ

災害には人災と天災があります。天災は時に回避しようもないことがありますが、防災に人事を怠ったが故に、被害を大きくしてしまうという例は大変に多いものです。安全スピーチでは良く、「人事を尽くして」と言われることがあります。しかし、なかなかそれが出来ない・・。

そして、今世紀最大の「人事を尽くさなかった」事例こそ、今直面している大震災と共に重なった原発事故による一大被害です。天災への慢心がコストを惜しむ心を育み、かけるべきコストの何千・何万倍の被害をもたらしました。

今般の大震災・原発事故の一大被害は、大組織の中枢で権力を行使する人間が人事を尽くさなかったことによってもたらされました。これは、権力者の指示が「安全スピーチ」ではなかったことを意味しています。指導者や権力者の判断と資質(人間性も加味)に全てがかかっていると言って良いでしょう。

交通安全スピーチ

ところが交通安全となると、これは異質です。交通という巨大なインフラを形成しているのは運転者という個人と歩行者という個人です。そこに組織的な介入はなく、権力者の判断ミスとはあまり縁がありません。あくまでも、個人の意識と挙動が交通安全の多くを握っています。

従って、交通安全スピーチには、より一層の、個人への意識変革を促す要素が求められると思います。交通安全講習では交通事故の事例を目前に再現したりの工夫で交通安全スピーチの内容が、受講者により浸透するように配慮されていてなかなか関心させられます。ただ、それでも交通事故は未だ後を断つことはありません。ここに、よりパワフルにより継続的に交通安全スピーチを行っていく必要性を実感するところです。

安全スピーチと日常会話

安全スピーチはなにも、朝礼や人前でするものばかりではありません。冒頭、『職場の人間関係に関する労働安全衛生』をテーマにした安全スピーチを希望・・と申しましたが、職場に限定せずとも、上下関係や立場の強弱という人間関係に中で安全衛生が確保される安全な会話(安全スピーチ)が行われていないところに、トラブルや事故・事件が誘発される原因があります。

ひとことで言えば、『相手を配慮した話し方をせよ』ということになります。職場で、日常で、相手を配慮した安全スピーチを心がけたいものです。

『災いは口より発して我が身を破り、幸いは心より発して我を飾る』と言った内容を鎌倉時代の先哲がその著作で述べています。実に真理を突いた箴言(しんげん)であろうかと思います。我を飾る幸福への安全スピーチを励行したいと思います。

口より発する災いの源は『慢心』です。心より発して我を飾るものは『相手を思い遣る心』でしょう。大震災復興のキーワードは「日本は一つ」。まさに、相手を思い遣る心の象徴ではないでしょうか。