標語とスローガン

人身事故の撲滅標語|防止標語の作成をしました

人には完全ということはありません。故にお互いに日頃から注意しあうことがいかに大切か。安全運転についての標語は日常あたりまえのように目にしていますが、不安全運転のその先にあるのは何でしょう。人身事故です。人身事故撲滅標語。お互いの安全運転を注意しあうのに、人身事故撲滅とか、人身事故防止という言葉が使われることはまずありません。

人付き合いに、あまりに不吉な言葉だからでしょうか・・。

車の運転も、自動車学校では「危険を避ける運転」ということが言われます。飲んでしまう・睡眠不足等々、注意をしていても、魔がさすということはあるのでしょう。恐ろしいことに、その日は突然にやって来ます。

すわ人身事故!事故を起こした本人の損害賠償も大変でしょうが、被害者の方はもっと大変であることをけして忘れてはなりません。

人身事故を起こさない それが安全運転

安全運転の目的は人身事故を絶対に起こさないこと。人身事故を起こさないでね、というのではやはり不自然でしょう・・。でも、人身事故撲滅標語の掲示や意識付けならけして不自然ではありませn。

多くの人が、お金は命の次に大切、という価値観、哲学を持っています。人身事故を起こしてしまった場合、加害者の最大の問題はお金の問題(損害賠償)です。しかし、被害者の方にしてみれば、身体・生命にかかわる問題であり、もっともっと深刻です。加害者も被害者も今後の人生にかかわる問題を同時に突きつけられられる。命とお金の究極の選択。それが、人身事故を起こすということです。

交通事故に関しては、年々に法的整備が進んでいますが、未だ、時に加害者有利の判決が下されることがあります。法廷闘争をする余力のある被害者がどれほどいらっしゃることか・・。究極のステージに立つ人身事故の加害者と被害者。この究極のステージには【正義】の入り込む余地がありません。

だからこそ平時から、周囲からも、そして自らも、人身事故防止・人身事故撲滅ということを意識することが大切なのです。

人身事故は生き地獄

人身事故の被害者は加害者のことを極悪人としか思えなくなります。ところが、加害者の方でも、やがては、かわいそうなはずの被害者を「自身にとっての極悪人」と見るようになっていきます。人身事故はまともな人間を恨みつらみに満ちた人間に変えてしまうのです。

それはまさに、被害者も加害者も共に、生きることが苦しい人生に陥ることです。人は幸福になるために生まれてきたといいます。これではその逆であって、それはまさに【生き地獄】そのものです。

人身事故を起こさないでね。人身事故を防止するようにしようね。生き地獄のことを思えば、安全運転をする真の目的を口に出してもいいのではないでしょうか。

交通安全スローガンに人身事故撲滅がないのは?

安全運転を怠って自損事故であったとしても、運転者自らが身体に損害をこうむれば、自身のこれからの人生、そして家族の人生はどうなるでしょうか。交通安全運動なるもの。それはひとえに、人身とそのの命を守る運動であるというのが本質です。

しかしながら現在、人身事故撲滅という掛け声は警察をはじめたくさん上がっていますが、人身事故撲滅キャンペーンによる標語の募集(公募)がどこにも見当たりません。交通安全標語やスローガンに直接的なものがないのはどうしてでしょう。どうして公的機関は動かないのでしょうか。

あるのはこのようなかなしいお言葉ばかり・・。

人身事故撲滅キャンペーンでもやろうぜ

飲んで運転することを撲滅することが人身事故の撲滅である。そのように警察は言っていますし、安全運転の標語もこれに準じています。

人命尊重の心はどこに・・

私はあえて、交通安全、安全運転の標語のやスローガンの分野に「人身事故撲滅標語」のカテゴリーを作っても良いと思います。

明日のわが身に人身事故と 同苦の心で撲滅を

人命尊重ということは自身にのみ通用することなのでしょうか。他人の立場に立って物事を考える、ということが精神的インフラになるような世の中を望みますし、また作っていきたいと思います。